現役プロ社畜が解説する、社畜に刺さる戦国武将名言シリーズ。今回の言葉も現代の働く私たちに通ずるものがあるのではないでしょうか?コチラの言葉を取り上げたいと思います。
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長曾我部元親の名言
今回の言葉は四国の雄こと長宗我部元親の言葉として遺されております
言葉の意味
プロ社畜の解釈では
いくつもの技を身につけようとしてもどれも中途半端になってしまう、1つのことを継続し続けることで秀でる人間となり役に立つ
これは社畜に刺さる言葉ですね。1つのことを懸命に磨いて行けば大きな武器になりその道のプロと呼べるような働きが出来るのではないでしょうか?
石の上にも三年の言葉もここに通ずるものがあります
長宗我部元親の生涯
初陣・土佐統一
応仁の乱以降、土佐国では「七雄」と呼ばれる豪族が割拠しますが、一条氏を盟主とする国人の共同体を成す事で安定をみることとなります。
細川氏・一条氏の後ろ盾を得た長宗我部でしたが国人衆の不満や、情勢の不安定により反長宗我部連合が組まれ連合を率いる本山氏との対立が鮮明になりました。
長浜の戦いにおいて元親は22歳という遅い初陣を果たすこととなり、この戦で元親の隊は70余の首を挙げ、功績により元親の名前は広まったと言われております。
元親は父国近の制止を振り切り本山方の城に乗り込み、この勇敢なる活躍に、以降は「鬼若子」「出来人」と呼ばれるようになります。
元親の兵は一領具足と呼ばれ、普段は田畑を耕しているがひとたび声がかかると、一領(ひとそろい)の具足(武器・鎧)を持ち出し戦へ駆けつける半農半兵の兵士でありました。この一領具足の活躍により、その後四万十川の戦いを経て、土佐国の統一を果たすのです。
織田信長との対立
土佐統一後は織田信長と同盟を結び、伊予国・阿波国・讃岐国への侵攻を行います。
三好の生き残りによる抵抗に苦戦しながらも阿波・讃岐の両国制圧、中国で勢力を誇る毛利の援助を受けた河野氏の抵抗により伊予国の平定は長期化するのでした。しかし、この侵攻を信長は快く思いません、臣従するように迫る信長に対し元親は応じません。羽柴秀吉が淡路を平定し、次は元親を征伐せんとする信長の圧力は次第に高まり、今日明日と戦いの火蓋が切られる中本能寺の変が起こるのでした。
四国統一と羽柴秀吉の対立
本能寺の以降、織田家の家督争いに乗じ、再び四国を平定するべく侵攻を図ります。
元親は賤ヶ岳の戦いでは柴田勝家、小牧・長久手の戦いにおいては織田信雄・徳川家康と、ことごとく反秀吉の姿勢を取るのでした。この両戦の間に秀吉は元親を討つべく動きますが、いずれも元親によって返り討ちに遭います。秀吉は元親の同盟勢力である根来・雑賀衆を紀州征伐によって攻略し、元親は軍事的に孤立してしまうのでした。
紀州征伐の後、羽柴秀長を長とする10万の兵を以て攻め込み、宇喜多秀家・黒田官兵衛らを讃岐へ、小早川隆景・吉川元長率いる毛利勢を伊予へ、羽柴秀長・秀次の兵を阿波へと同時に派遣し元親方の城を相次いで攻略していきます。
元親は家臣の説得に応じ降伏し平定した四国のうち、土佐国以外は没収されてしまうのでした。
豊臣秀吉とその最期
秀吉政権下においては九州征伐、 さらにその水軍の力を買われ小田原征伐、朝鮮出兵へと参戦します。
元親と秀吉の関係性が伺えるエピソードがあります
天下統一を果たした秀吉は、臣従する大名を集め舟遊びに興じておりました。秀吉は饅頭を用意し、乗り合わせた大名に配り歩きます。各大名はおいしそうに頬張る中、元親もひと口すると残りを半紙にくるんでしまいます。
「余の饅頭が気に召さぬか?」と問う秀吉に
「太閤殿下からいただいた饅頭を、私1人で食べるのは勿体なき事、持ち帰り家臣に分け与えます」
この言葉に秀吉は大いに喜び、残りの饅頭を与えたとのことです。
秀吉が死去した翌年に元親も病没し、その後土佐国は、天下を二分する関ヶ原の合戦へ乗じる事となるのでした・・・
長曾我部元親の名言をビジネスに活用しよう
長曾我部元親が遺したこの言葉。1つのことに集中して熟達することが大切であるという意味が込められています。これは、ビジネスにおいても非常に重要な考え方とも言えます。現代では多くの人ができるだけ多くのスキルや能力を持ちたがる傾向があります。しかし、あまりにも多くのことに取り組んでしまうと、結局は何も完璧にこなせないまま、全てのことに散漫になってしまう可能性があるのです。
ビジネスの専門性を高める
1つのことに集中し熟達することは、その分野での専門性を高めることができるともいえます。その結果、自分自身の市場価値を高めることができ、その専門性が他の人よりも優れたスキルとも言えるようになるでしょう。また、その分野での信頼性も高まり、ビジネスの成果にもつながります。
その一方で、あまりにも多くのことに取り組んでしまうと、どれも中途半端になってしまう可能性があります。多芸を欲張りすぎると、どの分野でも巧みでなくなってしまいます。「一芸に熟達せよ多芸を欲張るものは巧みならず」という言葉から、ビジネスにおいては専門性を高め、自分自身の強みを活かすことが重要であることが分かります。自分の得意分野を見つけ、そこに集中することで、成功への道が開けるでしょう。
自身を失っている新人さんに一言
自分が得意なことに励みなさい
最近ではマルチタスクという言葉も出てきておりますが、他の人を見て背伸びしなくても良いです。自分が思ったことを一生懸命にこなすことに価値が生まれてきますよ。と言えたらかっこいい先輩ですね!
特に新人の頃は仕事を覚えるにあたり、一生懸命になります。先輩や上司の一字一句を聞き逃さないように、そして期待に応えようとしますが、すべての要求に応える余裕もありません。今の自分自身ができる、精いっぱいのことをこなしていくことで、周囲から認めてもらえるようになります。焦らずにじっくりと成長していき、コレといった自分の魅力を武器にしていきましょう。
まとめ
今回は四国の雄「長宗我部元親」を取り上げました。ビジネスの面で専門性を高めることは重要で、コアコンピタンス経営にもつがなるものがあります。好きなこと得意なことを武器と魅力にしていきましょう。
長宗我部は盛親が関ヶ原の合戦にて西軍に付き領土を没収されております。その後の土佐の国は山内一豊が治める土佐藩として、あの幕末の大事件を起こすのです!歴史は繋がっていくから面白いモノですね、
ではみなさま良い社畜ライフを送りましょう!